【清宮報復死球】U―18W杯小枝監督は謝罪の必要なし

 

U―18W杯3位決定戦において、高校日本代表で、プロ注目の清宮 幸太郎選手が相手チーム(カナダ代表)投手から報復死球を受けた。

事の発端は、7点リードの8回2死二塁で、清宮の打席ので、二塁走者の伊藤が三盗を試み失敗。これを不服としたカナダ代表投手は9回先頭打者の清宮に対し、故意死球を与えた。

更に清宮は出塁後二盗を試み、二塁手から罵声を浴びせられ、小枝監督は「(マナーに反すると)知らないでやってしまった」と球審に謝罪したが、「18歳以下は大丈夫」と声を掛けられた。

 

故意死球は何故起こる

MLBではルールブックに乗っていない暗黙の不文律があり、この試合のように大量リードの時には盗塁やセーフティバントなどはしてはいけないと認知されている。

これを破った時には相手チームから、その選手、もしくはチームの主力選手への死球を報復として行うケースが多々ある。

これは相手に敬意を払っていないという理由からだが、MLB特にアメリカを中心とした独特の文化と言って良いだろう。

 

死球で命に関わることもある

野球の硬式ボールを見たことがあるだろうか?軟式野球のように力を加えればへこむこともなく、ほとんど石と同じもので、頭部に当たらずとも死球は非常に危険で、140km/h以上で投じられたボールが打者に当たった場合、1t程の衝撃力があるのだから、それがどれだけ危ないことか見当がつくだろう。

無論、故意に死球を当てるときにも暗黙の不文律があり、打者の背中を通したり、当てたとしても腰より下を狙わなくてはいけない。

今回清宮選手は右肩付近に死球を受け、少しでも間違えれば頭部に当たっていたかもしれない。

 

選手はすでに試合を捨てている

この様に大量リードされた展開、既に勝敗が決している試合で記録が乱造されることを避けるためこの様な報復行為をするのだが、見方を変えれば、今回のカナダ代表の選手たちはすでに試合に負けている為、試合を放棄しているという事になるだろう。

日本では春夏の全国高校野球大会が、後に得失点差が順位に影響するリーグ戦ではなく、トーナメント形式で開催されているため、大量得点差でも確実に勝ちに行く精神がついており、例え9回2アウトでも諦めず戦う姿勢を崩しはしない。

2014年の石川県の決勝で星稜が9回裏に0-8から大逆転をしたゲームなどは記憶に新しいが、これは最後の最後まで諦めず戦ったことから得た勝利だ。

しかし、カナダ代表やMLBのチームの様に、9回で逆転はもう無理、と試合を投げたりする事は失礼にはあたらないのか?負けているからとホームランを狙って打席に入るのは相手に失礼にならないのかと疑問に思う。

これは応援している観客に大変失礼な事では無いのだろうか。負けると分かっているのなら、試合を放棄すべきだ。

 

野球とベースボールは違うスポーツ

1876年、ベースボールは日本へ持ち込まれ、野球と名を変え現在に至るが、日本人は野球を単純に球技としてではなく、野球道として精神的な考え方を取り入れ、武道に近い教えを確立した。

相手がどんなに自分より劣っている相手であろうと、全力を出しきらないのは失礼に当たるのが武士道だろう。

手加減をされて、負ける事は日本人にとっては恥以外の何ものでもないが、アメリカやカナダでは「どうせ負けるんだから手を抜いてくれよ」というのが常識なのだろう。

 

日本はMLBを見習う必要はない

日本人で特に多いのが、海外でしていることは王道で、自分たちがしている事は邪道だと見る。

特にアメリカコンプレックスの塊の日本人がMLBの選手の真似をしたがるのは至極当然の事だが、日本人の価値観を捨ててしまっていないだろうか?

ホームランを打たれた。→報復死球

このような仕返しがあるだろうか?もし男であったら

ホームランを撃たれた。→次打席で三振を取る

これが日本人の美徳ではないだろうか?しかし、近年のプロ野球を見ていると、MLBの価値観の猿真似をし、「アメリカでは常識だから」と報復死球をするケースが多々ある。

日本人なら日本人らしく、男らしく勝負してもらいたいものだ。

 

小枝監督はなぜ謝罪したのか

小枝監督は、この件に関し、知らないでやってしまったと球審に謝罪した様だが、なぜ謝罪をする必要があるのだろうか?

監督である以上、選手を擁護する事は大切で、たしかに知らないでやってしまったと言えば選手を守ったことになるだろう。

しかし、それでは選手が自分の信念や価値観で一生懸命に行ったプレーが陳腐なものになってしまわないだろうか。

これは、選手だけの問題ではなく、清宮選手に関わり、野球を教えてきた指導者達の方針が間違っていたと言っているのと同じで、小枝監督は謝罪よりも日本の選手は、野球に対してどの様な価値観を持っているのか、どの様な姿勢で取り組んでいるのかを説明しなくてはならない。

その時初めて誤解が解けるだろうし、結局は相手を尊重する気持ちは同じだと理解できるだろう。この先、世界で日本人が戦う時、どの様なケースでもまず日本人としてどの様な価値観があるのかを説明できなければ、これまで通り海外からアメリカの植民地と言われ続けるだろう。

これからの日本人に必要なのは、ただ謝罪して事を過ぎるのを待つのではなく、正しく文化・価値観を理解してもらえる様に会話をすることではないだろうか。